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3/08/2010

GOLD/WHITE/BLACK

浜川崎の旧日本鋼管体育館「Think Spot KAWASAKI」で開催されている椿昇展「GOLD/WHITE/BLACK」に行ってきた。2009年2月から3月にかけて京都国立近代美術館で開催されていたものだが、京浜工業地帯のド真ん中に場所を移しての展示である。


場所の雰囲気が作品に新たな印象を与える。



ロシアの大陸弾道ミサイルをモチーフにした作品は体育館の空間を一杯に使っており、圧巻だ。


3月14日まで。

1/08/2009

夜景のクオリティ




 「横浜の夜景をブランドに」──横浜では行政が主導しての、夜景を新たな観光資源として様々な企画や事業が進められている。
 
「夜の横浜」を世界ブランドに!ヨコハマ夜景サービス事業の“今”(ヨコハマ経済新聞)

「横濱ブリリアントウェイ」

 夜景というと、従来は見晴らしのよい場所から生活の灯火の広がる様子を見るというものだった。けれども昨今は建物や構造物をライトアップして名物夜景とする取り組みが増えてきた。
 ライトアップはその規模にもよるが、多額の費用を要する。鹿児島では桜島をライトアップしようという壮大な観光プロジェクトも考えられたが、費用対効果の面から見送られたこともある。

桜島ライトアップ困難 鹿県「費用対効果見込めず」

 夜景の費用対効果という場合の"効果"というのは観光誘致ということになるのだろうけれど、わざわざ夜景を見るために出かけるというのは、クリスマスイルミネーションだったり何かのイベントだったりという場合で、常時ライトアップされている建物を見たいがために出かけるというのはなかなかなさそうだ。
 それに他の全てのアート(的な)対象にクオリティというものがあるように、夜景・ライトアップにもクオリティはあるはずだ。ビジネス的な側面からは観光誘致ができればそれでよいということもあるかも知れないが、都市という公共性の高いシステムの中ではライトアップされることにもクオリティを求めたい。夜景プロデューサーという職業もありプロデューサーが誰かということでブランディングされることもあるようだが、プロデュースされた'作品'でこそ評価するべきであろう。夜景やライトアップが特別なものでなくなってきた現在だからこそ、夜景のクオリティについてもっと語られてもよいのではないだろうか?

12/11/2008

フェルメール展

 東京都美術館で開催していた「フェルメール展」に行ってきた。

 なにがすごいって、まず人の多さに驚いた。会期末が近いとはいえ平日の昼間なのに入場制限で60分待ちだという。中に入ってもごったがえす人人人。。

 フェルメールの魅力は絵に込められた寓意を知らなければという人もいるが、絵そのものの放つ魅力だけでもすばらしい。同時代の他の画家の作品と比較するだけでも彼の卓越した才能を感じることができる。その絵は細密で光の使い方がうまく、配色が巧みでモダンである。
 オランダのロイヤルカラーであるオレンジは何度もフェルメールの絵の中に登場するが、その色は輝くような印象を受ける。色自体も輝度が高くて鮮やかなのだが、その色の周りに無彩色や地味でオレンジを浮き立たせるような配色がなされているためでもある。またその色の境界はシャープにコントラストをつけることによってより強調された印象を受ける。
 またグラフィカルな要素が取り入れられていてモダンな印象を受ける。白と黒の市松模様の床をフェルメールは絵の中で繰り返し使っており、奥行き感とモダンなイメージを醸し出している。今回の展覧会で特別出展された「手紙を書く婦人と召使い」では床の模様は白と黒の組み合わせだが変則的な模様となっていた。また画面奥に光が当たっているのが白いカーテンであるのに対して、手前で画面を遮るように垂れているのが黒いカーテンであった。この黒いカーテンが画面に変化を与え、控えめだがシャープな光がカーテンに当たっていることで、モダンなイメージを与える。
 フェルメールの絵画は三十数点しか残されていない。しかし、その三十数点にも彼の変化や進化を見ることができる。その才能や技術もさることながら、絵に向かう情熱と努力があったからこそ、あの作品が生まれたのだ。

12/08/2008

CAFE HIBINO NETWORK

 以前に自分と関わりのある日比野克彦氏のプロジェクトについて紹介したのだが、実はまだまだ他の日本各地で日比野氏のプロジェクトは進行している。

CAFE HIBINO NETWORK

プロジェクトの幅の広さと奥深さは日比野氏のバイタリティを表しているといえるが、それ以上にいろいろなプロジェクトでの人の繋がりの多さに驚かされる。
 アートというのは自己表現であって、外的な要因が作品制作に結びつくとしても制作の過程では自分の中で消化、解体、模索、検討、再構築という作業が行われるものだという認識があった。だからたとえ制作の途中で他者との関わりがあったとしても最終的には個人的な作品へ帰結するものではないかと考えてきた。
 だが日比野氏の活動を見ていると、常に作品の核としての日比野克彦がありながらも、必ずしも「日比野氏による作品」とは呼べないような共同作業の結果としての作品がある。むしろアート活動を通して人と繋がることに重点を置いているように感じられる。「アートってよくわからない」と感じていた人に「アートって楽しいんだ」と感じさせ、アートに親近感を抱くようになってもらうことがねらいと思われるのだ。

 ワークショップに参加すると実際はアートディレクターのプランに沿って行う‘作業’であったり他者との共同作業となり、自らのアート活動やアート体験と は捉えられないこともあるかもしれない。だがその経過で得られる刺激は自分の活動に回帰できるものが多くあると思われる。
 一般的に「アートを体験する」というと「作品」を観る、触れる、聴く、感じるといういわば受動的なこととして捉えられがちだ。だがワークショップに参加することで作品の制作に携わることこそが「アートを体験する」ことと捉えるならば、より体験者のイマジネーションが掻き立てられる経験となるはずである。個々の日々の活動の中にアートがあり、その中で生まれたものが作品となる。まさに日比野克彦氏のアートに対する姿勢であろう。

 またワークショップ形式とすることで、なかなか個人では取り組むことの難しいスケールの大きなアートイベントに取り組むこともできる。日比野氏は「みんなが考える『難しいけどできればいいなぁ』をみんなでできるようにしたい」と話すように、多くの人がもつベクトルを統合できれば大きなことができるというのはアートにおいても例外ではないのだろう。

 体験から得るものがあれば、自分の創作=アート活動に戻っていくこともあるだろう。日比野氏も「ひとりで(創作活動を)やっていると、大勢でやりたくなる。大勢でやると一人に戻りたくなる。」と話している。人と繋がること、人に伝えることにこそ、アートの原点があるのかもしれない。

9/09/2008

ダンボールな日々


 来年、開港150周年を迎える横浜では日比野克彦氏をアートプロデューサーに迎えて2つの市民参加によるプロジェクトが進行している。

 ひとつは9月13日から赤レンガ倉庫等で開催される横浜トリエンナーレ2008の関連企画で、ダンボールで海に浮かぶ船をつくるワークショップ。山下公園の隣、山下埠頭を会場として日比野氏自らデザインされた船を一般参加のボランティアによって制作する。会場には昨年石川県金沢市にて制作された2艘の船も展示され、見学も自由にできる。日比野氏自らワークショップに参加されることもあり、生の声を聞いたり作品の制作に一緒に携わることで普段できないアート体験ができる筈だ。11月末までの毎週土・日と祝日の朝9時から17時オープンしている。

 もうひとつのプロジェクトは来年の開港150周年に向けて日比野氏監修のもと、150艘のダンボールの船をつくるワークショップだ。横浜市内の中学校や地区センター等を会場として、一般の参加者がデザインし、ダンボール等の素材から船を制作する。このワークショップは2007年から始まっており、既に80艘以上の船が完成している。いずれも独創的な形だ。今後も横浜市内をワークショップが巡回することになっている。

興味のある方は是非参加してみては。

THE SEEDS TRIP 「種は船」造船プロジェクト

横浜FUNEプロジェクト